お盆の棚経有難うございました。

8月1日より15日まで、お盆の棚経のため檀家さんのご自宅までお伺いし、お参りをさせていただきました。

8月15日までに全ての檀家さんをお参りするというハードな日程の為、各ご家庭でお参りさせていただく時間は限られたものですが、年に一度は檀家さん並びにそのご家庭のご先祖様への挨拶という意味合いもあると思い、なんとか今年も全日程を終了致しました。

お盆でお帰りになった精霊様も旅立たれ、檀信徒の皆様も通常の生活に戻りつつあろうかと思います。

お寺も通常の状態に戻りましたが、お盆の疲労が取れるのにはまだ数日かかるようです。

まだまだ残暑も厳しいかと存じますのでご自愛下さいますようご祈念申し上げます。

有難うございました。合掌 一乘院 住職

  • 護摩祈願
  • 納骨堂
  • 河童の手

温泉山一乘院は大宝元年(西暦701年)文武天皇の勅願により、行基菩薩が雲仙岳に建立した温泉山満明寺に端を発します。寛永14年(1637)島原の乱の兵火により、温泉山満明寺は焼失しましたが、寛永17年(1640)島原城主高力摂津守忠房の命を受け、遠州浜松の鴨江寺より招聘された当山中興弘宥和尚によって満明寺を復興し、温泉山満明寺一乘院が建立されました。

 

江戸時代は島原藩主の祈願所として雨乞や病気平癒の祈祷を数多く行い、多くの末寺を有していました。

 

しかしながら、明治維新で幕府が滅亡し、明治初年の神仏分離・廃仏毀釈の法難により、藩の祈願所であった一乘院は藩の擁護を失い、明治2年(1869)当時一乘院の末寺であった当地南串山の歓喜庵(現在の一乘院)に本坊を移転。雲仙は飛地境内となりました。

昭和55年(1980)雲仙飛地境内の一乘院釈迦堂は新たな宗教法人雲仙山満明寺として独立し、一乘院の法類寺院となりました。

 

こうして大宝元年行基菩薩開山以来、温泉山と記されてきた霊峰雲仙の称号は雲仙の地を離れ、南串山の温泉山一乘院の山号としてのみ残ることになりました。 今茲に、千三百年来当山を護持されてこられた歴代先師尊霊の遺徳を偲び、その沿革を後世に伝えるため、このホームページを開設いたしました。